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コラム = 野口壽一の発言

2011年11月19日、東京農工大で開かれた3学会連携スモールコングレスで当社代表の野口壽一が講演しました。その講演要旨を掲載します。

コングレスのテーマは「開発と起業の相互プロセス:孵化・起業・事業への進化~ビジネスモデルとプロジェクトマネジメントの視点~」で、野口は、起業支援におけるビジネスコーディネータの重要性について問題提起しました。

なお、スポールコングレスの写真つき詳細レポート(英文付)は下記をクリックしてごらんください。
3学会連携スモールコングレス詳報

<講演要旨>

バーチャルからリアルへの起業家支援とビジネス連携コーディネータの役割

フェニックス・ラボラトリー合同会社代表 日本開発工学会 野口 壽一 


1. はじめに

 シリコンバレーの成功が企業の垣根を超えたオープンなネットワークの存在とそのイノベーション力にあったことはアナリー・サクセニアンら多くの論者が指摘し、いまや公知に属する。これ以外にもシリコンバレーの成功要因はさまざまな視点から検討され、世界中がその成功にならおうとさまざまな試みをしてきた。日本でも川崎サイエンスパーク(1986年)を始め最近の大学発ベンチャー創成事業など起業家支援の試みは枚挙にいとまがない。しかし、成功例は極めて少ない。それら不成功の理由のひとつに、従来の支援策がインフラ投資や事業資金支援に偏り、支援する側も支援される側も「ビジネス連携コーディネート」という経営手法への無理解があったのではないだろうか。

2. バーチャルコミュニティの経験から

 シリコンバレーの成長と並行して進歩してきたインターネットは情報やコミュニケーションを組織の壁を超えてリアルタイムに流通させるところにその本質があり、この本質が自然発生的な起業家支援を生み出してきた。(ちなみに情報抑圧の典型例である政治的独裁をインターネットの情報伝播力が崩壊させたのも本質のもつ力の一例である)。自然発生的な起業支援ネットワークは日本各地でパソコン通信時代に始まっていたが本格化したのはインターネットの商用化が始まった90年代中盤である。
 シリコンバレーを意識し、かつネット全盛時代を先取りして最も早く形成され、かつバーチャルネットワークをコミュニティ形成にまで高めることを目的意識的に追求して結成されたもののひとつが246コミュニティ(1996年1月)だった。ベンチャー支援を掲げて結成された246コミュニティはインターネットの主機能のひとつであるメーリングリストを活用したバーチャルコミュニティである。246コミュニティの入会基準は、入会費は無料で、住所と職業、さらには246コミュニティに何を望むか、などの開示だけと極めて敷居が低かった。
 創立時、パソコン通信を使ったメーリングリスト網をすでに活用していた技術者集団もここに参加した。同集団はシリコンバレーに赴任したことのある技術者らが中心になり企業の壁を越えたバーチャルなコミュニティの形成をめざし、NEC、東芝、富士通などの大手から、中小・個人にいたるまでの半導体・組込技術者100名ほどが個人の資格で参加していた。同集団は246コミュニティでの活動をへて組込業界のコンソーシアムであるEmblixの設立(2000年7月)を実現した。
 246コミュニティは発足後わずか一週間で、身体障害者みずからが立ち上げた車いす製造販売会社のホームページ制作をメーリングリストを活用しメンバーが一度も会うことなく完遂するという離れ業をなしとげた。この活動を皮切りに同コミュニティは95年から2000年代中盤にかけて、世田谷ネットの構築、コンピュータおばあちゃんの会支援などの地域活性化事業、米国発電子商取引システム・トレイデックスのプロモート、日本でのAmazon.co.jp設立につながるアマゾン本社への人材紹介などの国際連携活動、数多くの起業支援、半導体・組込業界への貢献など多彩な業績をあげた。同コミュニティはこのような活動に対して日本で初めて実施されたEntrepreneur Of The Year Japan 2001で表彰されている。
 一方、246コミュニティの後に生まれたビットバレーは渋谷周辺のベンチャー企業の経営者らの働きかけで1999年2月に誕生した。入会基準は参加費無料でかつ匿名参加自由と敷居がもっとも低いメーリングリストであった。匿名参加自由であったため短期間で1万人を超える参加者が集まり、リアルなオフミーティングにも千人を超える参加者が集まるなどのフィーバー現象を生み、ネットバブルを象徴する社会現象ともなった。ビットバレーのメーリングリストは匿名性が災いして投稿数が多い割に内容がなかったり、誹謗中傷が飛び交ったりと、インターネットコミュニティの良さと悪さが極端な形で同居し発足後短期間にメーリングリストの機能がマヒし同コミュニティは数年間で実質的な活動を停止し自然消滅した。しかし、ビットバレーは多くの起業家を輩出し何社も上場企業を生み出した。倫理観の欠如などの欠陥も内包したバブルに踊らされ、ライブドア事件など幾つかの企業スキャンダルを生み出す震源地ともなったが、オープンコミュニティによる起業家ネットワークを渋谷地区に生みだし企業の集積を作り得たという点では、シリコンバレーモデルに近い形態であったといえる。
 インターネット黎明期に登場したこの2つのタイプのバーチャルネットワークが起業家支援の面で大きな功績を挙げながら永続性を持ち得なかった原因はなにか。論者はオープンネットワークのもつ自然発生的なイノベーション力を永続化させるコーディネータの不在および起業家側のビジネス連携コーディネート経営の視点の不在を指摘したい。

3. ふたつの成功例

 ネットを活用して起業家支援コミュニティを形成し、実績を挙げ得た実例として本稿では東京都三鷹市の取り組みと電通大を基盤とした株式会社キャンパスクリエイトの活動を取り上げる。
 三鷹市ではインターネットを活用すれば「資金を使わないで定年のない起業をすることができる」とするSOHO CITYみたか推進協議会(前田隆正会長)の考えにもとづき「企業誘致の努力をするよりも市内で起業家を育てる」SOHO町づくり構想を1998年12月に実行に移した。同市では1988年からの10年間で320あった工場のうち80が市外に転出し3,500人の雇用を喪失していた。ところが構想に着手した約10年の2007年の調査ではSOHOオフィスに入居している企業だけで1,000人近い雇用を生み出すまでになった。実際の雇用数の増大は調査で確認された数字を大きく上回ることが推定されている。
 またこの12年間に300社のSOHOを誕生させ、1社も倒産させていない。そればかりか最近は風力発電や太陽光発電、オーロラ動画配信ビジネスなど、技術オリエンテッドで急成長が見込めるような企業が育つまでになっている。
 もうひとつの実例は、株式会社キャンパスクリエイト(1999年設立。安田耕平代表取締役)の活動である。同社は2009年に、(財)東京都中小企業振興公社から半導体・電子デバイス産業分野の「多摩・産業コミュニテイ活性化プロジェクト」の推進を受託し、実施してきた。業界の垣根を越えて活発に活動するコミュニテイの形成と新事業・新技術・新たな事業機会創出を目指して活動してきた。
 地域から賛同者、起業家を集める手法は、ホームページを活用した。現在では当たり前のこの手法に加え、さまざまなイベントやフォーラムを開催し、担当者が地域の企業を訪問する足を使った活動が組み合わされた。2年後の現在、地域の300社以上が参加し、すでに5つのプロジェクトが試作品を完成させるまでになり、東京都や公的機関の資金援助も獲得し、10を超える分科会がプロジェクトチーム結成の準備段階にまで進んでいる。地域活性化を通して新しい産業クラスターの形成に向かうプロセスが現在も進行中である。
 このような成果を挙げ得た背景には、国立大学法人電気通信大学のTLOとして設立された株式会社キャンパスクリエイトの存在が大きい。同社は通常のTLOが大学の立場に立って学外の企業と事務的に応対しがちである姿勢を最初から取らず、企業と研究者との中間に立って双方のメリットを組織化し運用するプロジェクトマネージャの役割を自覚的に引き受けてきた。そのため、大学と企業との従来の慣例に反したり、法律や行政システムとぶつかることが多々あったが大学当局や文科省などと粘り強い交渉を行うことにより研究開発事業を成功させてきた。最近では同社の業績を聞きつけた他大学との提携も進み、すでに10大学との契約実績がある。同社は海外にも進出し中国で45大学、タイで6大学との提携実績を上げ、通常の産学官連携事業の推進に止まらず国際連携事業をも発展させつつある。

4. 成功の鍵=ビジネス連携コーディネータ

 上記ふたつの例では、起業したばかりで孤立しがちなSOHO起業家や地域の中小企業の拠り所となるコミュニティが形成され、コミュニティの成員である起業家や中小企業の連携を促進するコーディネータが機能していることを成功の要因として確認することができる。このビジネス連携コーディネータにはさまざまなタイプがありうる。一般的にこの種のコーディネータは、行政、大学、金融機関、あるいは企業に在席する兼業者やコンサルタント業などの士業を営む社会貢献意識をもったボランティアが担っている。コーディネータを派遣する事業をおこなっている国や地方自治体の機関もあるし、民間では専門商社や金融機関などがコーディネータの機能を果たす場合もある。
 従来、ビジネス連携コーディネータはシーズとニーズのマッチングを求める双方の要望を聞き、より適したパートナーをコミュニティ内外から探してきてマッチングさせる。マッチングを成功させた企業は従来の単独経営指向ではなく、コーディネート経営の手法を導入することが求められる。
 プロデューサ型コーディネータとも呼ぶべきタイプのコーディネーションもありうる。このタイプのコーディネータは社会的なニーズを把握していると同時にビジネス評価能力を持っており、コミュニティ内の参加者(企業)の能力を把握し、それぞれに連携提案を行う。場合によっては自身がその事業に参画することもある。コーディネート経営の新しい方向性を提案するものであろう。

5. おわりに

 世界不況の長期化や少子高齢化などによる日本経済の縮小、東日本大震災対策として国や行政はさまざま支援策を行ってきている。従来の箱物行政や金融支援の限界を行政側も認識しており、それに対する反省としてさまざまな方策を実施しようとしている。ここで取り上げた三鷹市と電通大の例は、国や自治体が優れたビジネス連携コーディネータと協働することにより起業家ネットワークを形成し地域活性化に成功したモデルといえよう。
 冒頭で述べた大学発ベンチャー事業の停滞を打ち破るために文科省は来年度からベンチャー創出のための新たな取り組みとして大学発新産業創出拠点プロジェクト(仮称)のスタートを決めた。この制度は大学発ベンチャーに民間資金を導入し従来の研究開発支援だけでなく、ビジネス推進支援にビジネス連携コーディネータを活用しようとするものである。起業家や中小企業経営者にとって行政側の動向も視野に入れた企業連携経営(コーディネート経営)を構想する時代が到来したといえよう。<完>

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