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友好は「人の道」、領土争いは「獣道」

 日本と中国、双方の政府とマスコミは、沖縄・台湾・中国大陸沖に浮かぶ小さな島をめぐって目くじらを立て、拳を振りかざし、対立を煽っています。

 多くの日本人がそれに巻き込まれさまざまな主張をしています。

 歴史の本道に鑑みると、このような諍(いさか)いは脇道も脇道、縄張り争いに命を削る獣道(けものみち)にほかなりません。

 歴史と人道にもとづく本道は、中国と日本が手を携えて世界の歴史と文化に新しいページを切り開く大道です。

 日本列島に人が移り住むようになった大昔から、大陸から列島へ、そして列島から大陸へ、獣道だけでなく、人道の道が切り開かれて来、今もまた大陸と列島の各所で豊かな歴史を醸し出す土壌を耕す地道な努力が続けられているのです。

 私の故郷・鹿児島の坊津(ぼうのつ)は中国と結ぶ港町でした。飛鳥の昔から人の行き来があり、井上靖の『天平の甍』で有名な鑑真和尚が初めて日本の土を踏んだのも薩摩のこの地でした。

 私は2012年9月1日から10日まで、日本と中国の友好の史蹟を尋ねるため長沙と上海を訪れました。

 長沙では中国の西郷隆盛といわれる黄興の生家を訪れ、上海では昨年上海市に建立された長崎県出身の梅屋庄吉の銅像をお詣りしました。

 今日は、孫文と梅屋庄吉の偉業を讃える試みが、日本と中国の共同事業として遂行されている事実をお知らせしようと思います。

 上海の旧フランス租界地の一角に紹興公園という瀟洒な公園があります。そこに梅屋の銅像があります。梅屋庄吉は100年以上前、日活など日本の映画事業を創出した人で、貿易や写真・映画事業で資金をつくり、現在の貨幣価値で1兆円とも2兆円ともいわれる巨額の資金援助を孫文ら中国革命派に行った人です。

 紹興公園の庄吉像と筆者
 庄吉の銅像と筆者

 碑文には中国語、日本語、英語でつぎのように書いてありました。

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 梅屋庄吉は、1868年日本国長崎に生まれた実業家。1895年、香港で孫文と出会った。知己を得た二人は「君は兵を挙げたまえ。我は財を挙げて支援す」と盟約を結んだ。その後、梅屋庄吉は、その生涯にわたって孫文の民主革命活動を支援し続けた。1929年、現在の上海市瑞金二路144号(ここ紹興公園の近く)を住居とした。
 ここに国境を越えた二人の友情を称え、日中両国民の末永い友好を祈念し、長崎県と上海市の永遠の友好の証として長崎から上海へ銅像を贈る。

 長崎県日中親善協議会、上海市黄浦区人民政府立 2011年11月

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 その足で歩いて20分ほどの孫文故居(かつて孫文が住んでいた住居。いまは博物館)を訪れました。すると入り口には、梅屋夫妻と孫文の3人を写した写真をあしらった、畳1畳より遙かに大きな立て看板が飾ってありました。9月1日から10月21日まで開催される孫文と梅屋の友情を称えるイベントの告知でした。

 孫文故居の門口
 孫文故居の門口 

 入館料20元を払って中にはいると、建物玄関前の広場に鎮座する孫文像の背後には、9月1日に行われたオープニングセレモニーの飾り付けがそのまま保存されていました。

 友好イベントの開幕式飾り付け
 友好イベントの開幕式飾り付け

 9月1日と言えば、尖閣問題をめぐって日中間はすでに緊迫した情勢になっていました。長崎県と上海市政府がこのような長期キャンペーンを企画した背景には、上海市民に対して日本との友好関係を知らしめる狙いがあることは間違いありません。上海の人民政府はいうまでもなく共産党政府です。中国共産党は昔からいろいろと問題のある党ですが、決して一枚岩ではなくさまざまな潮流が伏流として存在している党なんです。長崎県と一緒になって日本との友好増進のために力を尽くしている事実を日本人は知らなければなりません。

 もうひとつ、今回の訪中で得た経験をお知らせします。

 孫文故居を辞して、その足で上海交通大学の新設なった図書館を訪問しました。これは昔からある伝統的な上海交通大学キャンパスではなく、上海南西部郊外に新設されたキャンパスのなかにありました。新キャンパスは、キャンパスというよりひとつの街というべき広さでした。バスや車が行き交い、タクシーをチャーターして移動しないと日が暮れそうな(同行した中国人の言葉)広さでした。図書館も、大学の一部というより、日本であれば総合大学の本館といってもいいほどの偉容を誇る壮大な建物です。さすがに、精華大学とともに中国で1、2を争う大学です。

 新図書館全景
 新図書館全景

 建物内部も、フランス人デザイナーの手になる、環境保全と省エネに配慮したつくりだそうです。最上階まで届く吹き抜きが広々とした空間を演出しています。

 気宇壮大なる空間
 気宇壮大なる空間''
 

 ここの図書館長にお会いしました。図書館長は中国から東京工業大学にやってきた留学経験者です。いまだ内装工事が進む新図書館運営について、熱く語ってくださいました。館長のお話でもっとも心に残ったのは、この図書館に、常設の日中交流センターをつくる、という計画でした。すでにそのための陳列コーナーの工事が最終段階にきている、とのことで案内されました。日本の書院をイメージした陳列コーナーです。障子や畳、天井なども凝った木造です。館長先生は誇らしげに意気込みを語ってくださいました。

 純木造の日本コーナー
 純木造の日本コーナー

 日本コーナーのデザインを説明される陳図書館長
 日本コーナーのデザインを説明される陳図書館長
 

 中国の将来を担う指導者達を輩出する上海交通大学の頭脳の中心に、日本の技術や文化を伝えるセンターが作られるのです。現在、上海交通大学新図書館内の陳列コーナーは、外国では日本しか計画されていません。

 日本で学んだ先生が中国に帰って日本文化センターをつくり、両国の交流を支えています。

 梅屋庄吉像を長崎県と一緒に建造して日中の友好を実践している上海政府をはじめ、中国には日本との友好を進める人びとが各界、各層、各地域にたくさんいます。

 日本人を名乗のり、人の道を外れたくないと思う人びとに考えて欲しいのは、このような中国の人びとの足をひっぱったり、冷水をかけたりすることだけはしないで欲しい、ということです。

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